奈良の都・平城宮跡の御朱印

2018-06-18散歩御朱印

御朱印集め始めました。
記念すべき、最初の御朱印です。

これは、天平祭の記念の御朱印なので、いつでもいただけるものではありませんが、はじめの一歩としては、ふさわしいかなと。

平城宮跡は、奈良時代の都・平城京があった場所です。

平城京は、今から1300年ほど前に、現在の奈良市につくられた都です。

「なんと(710)素敵な平城京」とか「納豆(710)ねばねば平城京」などでおなじみの、710年に、藤原京から平城京へと遷都されました。

唐の長安という都を手本とした、初の本格的な中国様式の都です。

この平城京を中心に、律令国家としてのしくみが完成し、天平文化が花開きました。

東西約4.3km、南北約4.8kmの長方形の東側に、東西約1.6km、南北約2.1kmの外京を加えた総面積は約2,500ヘクタール。
都の南端にある羅城門から朱雀門までまっすぐにのびるメインストリート・朱雀大路は幅約74m。

道路というより広場と呼びたくなる広さです。

この朱雀大路の西側を右京、東側を左京といいます。
碁盤の目のように整然と区画されたスケールの大きな都には10万人以上の人が暮らしていたといわれています。

平城京の中心は、政治・儀式の場である大極殿・朝堂院、天皇のすまいである内裏、役所の日常的業務を行う官衙や宴会を行う庭園など、都を治める官公庁が集まった平城宮でした。

東西・南北ともに1 kmの東側に、東西250m,南北750mの張り出し部を持つ平城宮の周りには大垣がめぐらされ、朱雀門をはじめ12の門が置かれました。

この平城京から京都へと、都が遷された後は、田畑となっていましたが、江戸時代末期からの調査研究やその後の地元民間有志の活動などを通じ、その保存整備が進められてきました。

現在では、朱雀門、第一次大極殿、東院庭園などの建物が復原され、平城宮跡歴史公園として整備されています。

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