談山神社(たんざんじんじゃ)の紅葉と御朱印-大化改新発祥の地

奈良県の紅葉スポットはいくつかありますが、談山神社の十三重塔を見たくて行ってきました。
少し肌寒かったですが、天気が良くて、自然と歴史に触れる素敵な一日になりました。

談山神社の紅葉

談山神社の歴史

談山神社は大化改新発祥の地です。

飛鳥・法興寺(今の飛鳥寺)で行われた蹴鞠会で出会った、中大兄皇子(後の天智天皇)と中臣鎌足(後の藤原鎌足)が、この談山神社の本殿裏山で極秘の談合をされました。

『多武峰縁起』によれば、

中大兄皇子、中臣鎌足連に言って曰く。鞍作(蘇我入鹿)の暴逆をいかにせん。願わくは奇策を述べよと。
中臣連、皇子を将いて城東の倉橋山の峰に登り、藤花の下に撥乱反正の謀を談ず。

と記されています。

この談合により、645年、蘇我入鹿を討ち、中央統一国家及び文治政治の完成という歴史的偉業を成し遂げられました。

多武峰はこの後、談峯・談い山・談所が森と呼ばれるようになり「大化の改新談合の地」の伝承が残りました。
社号の「談山神社」はここからきています。

毎年4月29日と11月3日には「けまり祭」が行われています。

東殿(恋神社)

鏡大王(鎌足の正妻)・定慧和尚(鎌足の長男)・藤原不比等(鎌足の次男)をまつり、縁結びの神として厚く信仰されています。

淡海公十三重塔

説明には

淡海公(たんかいこう)十三重塔。藤原鎌足公、二男 不比等(ふひと 淡海公)を祀る十三重の石塔で、基壇より九輪の頂まで、約4m、台石の高さ約90cm、台石に永仁6年(1298年)大工、井行光の刻銘があります。

と書かれています。

淡海公というのは、藤原不比等の諡号です。

藤原不比等という人物、学校で習った記憶はないのですが、中臣鎌足の次男とされています。
『興福寺縁起』『大鏡』『公卿補任』『尊卑分脈』などの史料には、天智天皇の落胤と書かれているそうです。

『公卿補任』の不比等の項には

実は天智天皇の皇子と云々、内大臣大職冠鎌足の二男一名史、母は車持国子君の女、与志古娘也、車持夫人

とあり、

『大鏡』では

天智天皇が妊娠中の女御を鎌足に下げ渡す際、「生まれた子が男ならばそなたの子とし、女ならば朕のものとする」と言ったという伝説を伝えています。

かなり前になりますが、『覇王不比等』という小説を読んだことがあり、とても面白くて、そこで初めて不比等を知り、興味を持った覚えがあります。

談山神社の御朱印

4種類から選べました。

今回は初めてということで、十三重塔のものにしました。

次があれば、桜の時期に行きたいです。
その時は、今回まわれなかった【御破裂山】にも登り、藤原鎌足公墓所にも行ってみたいですね。

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