天平祭オリジナル御朱印帳2017年版と平城宮跡の御朱印

天平祭オリジナル御朱印帳2017年版と平城宮跡の御朱印

御朱印ブームになってかなりになりますが、ミーハーな私も、奈良に住むことを機に始めることにしました。
といってもかなりのんびりですが。

というのも、平城宮跡で特別御朱印帳が売り出されるのを知ったからです。
早速手に入れてきました。

その素敵な御朱印帳をご紹介します。

御朱印帳・オモテ表紙

この表紙の生地は、奈良時代の天皇や女帝たちが重要儀式の際に着用したといわれる礼服「袞冕(こんべん)」を現代に再現した天平衣装と同じものが使用されています。
男性天皇は金の地色、女帝や皇后は銀の地色。
円の中の紋様は鳳凰です。

再現された「袞冕(こんべん)」

天皇の礼服は「袞冕」と呼ばれる特別なもので、即位式や東大寺の大仏開眼など、特別な行事の折に身に着けられました。

「袞」は衣を、「冕」は頭に乗せた冠「冕冠(べんかん)」を指します。
資料では、文様のない白地であったとされますが、太陽が昇る色として金色で再現されました。

左が、男性天皇のもの。

太陽が昇る色として金色で再現されました。
白い円の中に鳳凰を描いています。

資料によると、このほかに、幅広で豪華な條帯(くみのおび)の長綬(ちょうじゅ)を中央に垂らし、左脇には短綬をつけ、右脇には金・銀・宝玉をすだれ状に何筋も連ねた玉佩(ごくはい)を吊るしていたそうです。

右は、女帝や皇后のもの。

男性と同じ仕立てで、はいているのは今でいうプリーツスカート。
白地に鳳凰の文様を描いています。

この衣装では帯に縁取りをしていないのですが、実際は、男性の組み帯に対して、女性は縁取りをした飾り帯(添え帯)を締めていました。

御朱印帳・ウラ表紙「宜しく都邑を建つべし」

色と箔

色は、東西南北の中央を守るとされる四神の長「黄龍」を象徴する黄色。
箔押しされているのは、大極殿の屋根の一番上の中央を飾る「大棟中央飾り」です。

宜しく都邑(とゆう)を建つべし

平城遷都に先立って、708年「平城遷都の詔(みことのり)」が告げられました。

方(まさ)に今、平城の地、
四禽図(しきんと)に叶い、三山鎮(さんざんちん)を作(な)す。
亀筮(きぜい) 並びに従う。
宜しく都邑(とゆう)を建つべし。

平城の地は、東西南北を四神に守られ、三方が山々に囲まれた縁起のよい土地である。亀の甲羅で吉凶を占い、それに従った。さあ、共にいい都づくりをしよう。

御朱印帳・見返し「三都について」

飛鳥京

現在の明日香村の中央を流れる飛鳥川の東側を中心とするエリアには、複数の宮跡があります。
これはかつて天皇が代わるごとに新しい宮を造営する習慣があったため。宮の場所が変わるたび、役所なども築かれました。これら飛鳥時代の複数の宮や遺跡群を総称して「飛鳥京」といいます。

藤原京

694年、持統天皇は大和三山が形作る三角形の真ん中に藤原宮(現在の橿原市)を造営しました。藤原宮を中心とする「藤原京」は、当時先進国だった唐にならって、全体計画のもとに築かれた日本初の中国式都城でした。日本最大の古代都市であり、大宝律令が施行され本格的な国づくりがスタートした地域です。

平城京

710年、元明天皇は藤原京から北に27km離れた平城の地に都を遷しました。世にいう平城遷都、奈良時代の始まりです。「平城京」は、現在の奈良市から大和郡山市にまたがる大都市で、その北端中央に営まれたのが平城京です。奈良時代は仏教を中心とする天平文化が花開いたときです。

平城宮跡の御朱印

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